はい、今回は大阪府東大阪市にある「出雲井4号墳(いずもいよんごうふん)」を紹介します。出雲井4号墳は、14基で構成される出雲井古墳群の一つ。
この古墳は、マンション開発時に破壊されることなく、敷地内に保存された古墳として知られています。宅地開発において、破壊されることが多い古墳ですが、マンション内に残された古墳があると聞いたからには、見に行かずにはいられません。そんな訳で、大阪府東大阪市にある「出雲井4号墳」を紹介します。
出雲井4号墳とは
出雲井4号墳のある、大阪府東大阪市に来ています。東大阪市の古墳は、生駒山地の中腹に多く、特に「山畑古墳群」は、100基以上もの古墳が築かれた群集墳として知られています。山畑古墳群の北側にも、豊浦谷古墳群、みかん山古墳郡などの小規模な古墳群がいくつか存在。出雲井4号墳も、同じく山畑古墳群の北側にある「出雲井古墳群」に属しています。

出雲井古墳群は、14基の古墳から構成されてた古墳群。1、2、3、11号墳は山中にあり、見に行くことが難しく、12、13、14号墳は消滅。そのため、4、5、6、7、8、9号墳を見ることが出来ます。

出雲井という地名ですが、「井」とつくように、水のわき出る場所を意味します。出雲井古墳群のすぐ北にある「枚岡神社」には、出雲井という水が湧き出る井戸が今も残されています。

そんな訳で、東大阪市の山側の古墳を巡りながら出雲井4号墳へ。枚岡神社で参拝し、梅林の有る広場を抜けて出雲井4号墳のあるマンションへ向かいます。この広場もよく見ると、古墳の石材ではないかと思われる石が、至る所に見られます。

出雲井4号墳は、広場を抜けた先のマンションの敷地内に存在。ちなみにこのマンションの敷地には、出雲井5、6、12、13号墳が存在しました。この内12、13号墳は消滅しましたが、5、6号墳は、敷地内に保存されています。

出雲井4号墳は、東西に建つマンションをつなぐ通路脇に保存されています。元々この辺りは、山あいの地ということもあり、斜面に埋まった状態で石材が一部露出しています。ちなみにすぐ横が各部屋の入口で、人が出てきたら少し気まずい雰囲気。

出雲井4号墳は、6世紀後半に築造された、直径16mの円墳。石室を覆う封土は既に失われており、開発前からこの状態だったとのこと。外部施設については、幅3m、深さ1mの周溝が確認されています。

埋葬施設は、右袖式の横穴式石室。羨道の一部が失われており、石室の現存長は9mを測ります。石室が崩壊する恐れがあり、内部の発掘調査は行われていません。羨道部より須恵器坏と鉄釘、凝灰岩製の石棺片が出土しています。

他に、平安時代の土師器・羽釜、 黒色土器碗などが出土。これらの用途については不明ですが、平安時代にはすでに石室は開口していたようです。
そんな訳で、石室の周りを見てみることに。こちらが開口部らしきところ。埋まっているのでよく分かりませんが、南側に開口していたようです。

こちらが石室の西側。発掘調査報告書には2回ぐらい「目地が悪い」と記載していましたが、目地とは部材の継ぎ目とのこと。おそらく未加工の自然石を積み上げた構造ということなのかもしれません。ただ、大半が埋まっているので、それもよくわかりません。

という訳で、石室の周りを激写していましたが、マンションの部屋と距離が近すぎて微妙な居心地なので、とりあえず帰ることにしました。
まとめ

今回は、大阪府東大阪市にある「出雲井4号墳」を紹介しました。マンション内に保存された珍しい古墳ですが、生活空間が近すぎるので、見学は少しハードル高めかもしれません。
そんな訳で、出雲井4号墳の紹介はこの辺で。次回はまた別の、マンション内に保存された古墳を紹介します。
出雲井4号墳詳細
| 古墳名 | 出雲井4号墳 |
| 別名 | なし |
| 住所 | 大阪府東大阪市五条町9−30 シャルマンコーポ枚岡公園B棟 |
| 墳形 | 円墳 |
| 直径 | 16m |
| 高さ | 不明 |
| 築造時期 | 6世紀後半 |
| 被葬者 | 不明 |
| 埋葬施設 | 横穴式石室(右片袖) |
| 石室全長 | 残存長:9m |
| 指定文化財 | 無し |
| 出土物 | 須恵器杯、鉄釘、凝灰岩製石棺片 |
| 参考資料 | ・東大阪の古墳 ・出雲井遺跡第1次発掘調査報告書 ・馬場遺跡・鬼塚遺跡・出雲井古墳群発掘調査概要 |
案内板
4号墳直径約16mの円墳です。内部の調査は石が崩れる可能性があるため、入口部分のみ行われました。造られた時代は6世紀中頃(約1450年前)です。周囲には幅3mの周濠がめぐらされています。5号墳や14号墳にも同様の周濠がありましたが、出雲井古墳群の中では6世紀造られた古墳井のみ、このような周濠があったと考えられます。4号墳より東約50mの位置には、7世紀中頃(約1350年前)に造られた12・13号墳がありました。12号墳は一辺が10m以下の方墳で、全長6.4mの無袖式の横穴式石室がありました。市内で最も新しい古墳です。

