はい、今回は大阪府高槻市にある「前塚古墳(まえづかこふん)」を紹介します。前塚古墳からは、長持形石棺という貴重な石棺が出土しており、その石棺は大阪府の指定文化財となっています。
そんな貴重な石棺が出土した前塚古墳ですが、行ってみると田んぼと駐車場と茂みを嫌ほど堪能できるという、素敵な古墳でした。という訳で、今回は大阪府高槻市にある「前塚古墳」を紹介します。
前塚古墳とは
前塚古墳のある、大阪府高槻市に来ています。前塚古墳の周辺には「今城塚古墳」「郡家車塚古墳」「岡本山古墳」「弁天山古墳」「闘鶏山古墳」など複数の古墳が存在。これらの古墳は茨木市と高槻市北部にまたがる「三島古墳群」と呼ばれ、かつては約500基の古墳が存在しました。

前塚古墳は、高槻市を代表する「今城塚古墳」のすぐ北西に位置します。名前の由来は不明ですが、今城塚古墳の前にあることから来ているのかもしれません。

そんな訳で、今回は高槻市北西部の古墳を巡るついでに、前塚古墳へやってきました。高槻市北西部の古墳は広く点在するため、阪急高槻市駅近くで自転車をレンタル。山方面に向かうため、もちろん電動機付きの自転車を迷わずチョイス。
なだらかな坂道を15分ほど走り、前塚古墳に到着。前塚古墳は、東を駐車場、北を畑、西と南を住宅に囲まれています。見た目は茂みの盛り土で、知らなければ誰も古墳と気がつかないでしょう。

前塚古墳は、5世紀前半に築造された94mの帆立貝形古墳。ただ造出し(前方部)は開墾により削平され、現在は円墳のようになっています。現在は茂みの盛り土にしか見えませんが、築造時には葺石が敷かれ、埴輪が並べられていたようです。

前塚古墳の周囲には、10~17mの周濠が存在したことが分かっています。ただ現在は、道路により一部破壊されているとのこと。

埋葬施設はすでに破壊されており不明ですが、明治時代の開墾時に凝灰石製の長持形石棺が出土しています。茨木高等学校に置かれていましたが、現在は近つ飛鳥博物館(大阪府河南町)において保存・展示されて見学できます。一般的に古墳から石棺が良好な状態で出土することは珍しく、こちらの長持形石棺は大阪府の指定文化財として登録されています。

かつては位置的に今城塚古墳の陪塚(付属墳)と考えられていました。しかし前塚古墳は、今城塚古墳より1世紀ほど前に築造されていることから、関係性は低いと考えられます。
| 古墳名 | 築造時期 | 規模 |
| 弁天山古墳 | 3世紀末 | 100m |
| 岡本山古墳 | 3世紀後半 | 100m |
| 闘鶏山古墳 | 4世紀前半 | 88m |
| 郡家車塚古墳 | 4世紀末 | 85.6m |
| 前塚古墳 | 5世紀中頃 | 94m |
| 今城塚古墳 | 6世紀前半 | 190m |
高槻市史によると、前塚古墳から南西に1kmほどの場所にある「番山古墳」と外形が一致すると記載されています。築造時期も近いことから、前塚古墳の被葬者は番山古墳の被葬者と関係性があると思われます。
こちらが前塚古墳の西側。この辺りから古墳に入られるのかも知れませんが、夏場ということで恐ろしいほどの茂みでした。この状態で突入しても茂みに埋もれるだけなので、とりあえず帰ることにしました。

まとめ

今回は、大阪府高槻市にある「前塚古墳」を紹介しました。残念ながら前塚古墳へ行っても、府の指定文化財である「長持形石棺」は見ることはできませんが、田んぼと駐車場と茂みだけはタップリ堪能できます。
そんな訳で、前塚古墳の紹介はこの辺で。次回はまた別の、田んぼと駐車場に囲まれた石棺が出土した古墳を紹介します。
前塚古墳
| 古墳名 | 前塚古墳 |
| 住所 | 大阪府高槻市岡本町45−11 |
| 墳形 | 帆立貝形古墳 |
| 全長 | 94m |
| 高さ | 不明 |
| 築造時期 | 5世紀前半 |
| 被葬者 | 不明 |
| 埋葬施設 | 不明 |
| 指定文化財 | 長持形石棺 大阪府の史跡:1974年3月29日 |
| 出土物 | ・長持形石棺 |
| 参考資料 | ・高槻市史 第六巻 |
