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宣化天皇陵(鳥屋ミサンザイ古墳)|身狭の桃花鳥の坂上とは~奈良県橿原市~

2026 3/21
古墳 奈良県
2026年3月21日
宣化天皇陵(鳥屋ミサンザイ古墳)

はい、今回は奈良県橿原市にある「宣化天皇陵(せんかてんのうりょう)」を紹介します。宣化天皇は記録によると「身狭桃花鳥坂上陵(むさのつきさかのえのみささぎ)」に葬られたと記録されています。謎の漢字が並んでいるのですが、これには天皇陵の位置を示す有力な情報となっています。

現在は鳥屋ミサンザイ古墳が、宮内庁により宣化天皇陵に治定されています。そんな謎の文字に意味がある古墳があると聞いたからには、見に行かずにはいられません。ということで、奈良県橿原市にある「宣化天皇陵」へ行ってきました。

宣化天皇とは

第28代・宣化天皇は、諱(いみな)を「武小広国押盾尊(たけをひろくにおしたてのみこと)」といいます。父は継体天皇、母は目子媛(めのこひめ)で、安閑天皇の同母弟にあたります。兄・安閑天皇が後嗣を定めないまま崩御したことを受けて即位しました。都を「檜隈廬入野宮(ひのくまのいおりののみや/明日香村周辺)」に定めて政務を執っています。

家族関係では、仁賢天皇の皇女・「橘仲皇女(たちばなのなかつひめみこ)」を皇后に迎え、複数の子女をもうけています。そのうち上殖葉皇子は、後に多治比氏の祖となり、皇族系氏族の一つとして朝廷内で重要な役割を果たしていくことになります。

日本書紀によれば、宣化天皇は明朗な性格で、自らの才能や地位を誇ることのない人物であったと伝えられています。在位期間は数年と短いものの、国内における食料備蓄や流通体制の整備に力を注ぎました。また外交面では、新羅による任那侵攻に際し、大伴金村に命じて任那救援を行ったことが記されています。

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宣化天皇は崩御後、「身狭桃花鳥坂上陵(むさのつきさかのえのみささぎ)」に葬られたとされます。日本書紀によると、この陵には、皇后である橘仲皇女、さらに幼くして亡くなった皇子もともに合葬されたと記されています。

現在、宮内庁は奈良県橿原市鳥屋町に所在する鳥屋ミサンザイ古墳を、この身狭桃花鳥坂上陵に治定しています。

鳥屋ミサンザイ古墳が宣化天皇陵に治定された理由

鳥屋ミサンザイ古墳が宣化天皇の陵墓として治定されている理由として、考古学的知見や地名、文献記録などが挙げられています。

地名と所在地の合致

日本書紀や延喜式では、宣化天皇陵の所在地を「身狭桃花鳥坂上(むさのつきさかのえ)」と記しています。現在の橿原市見瀬町周辺は、古くから「身狭(むさ)」と呼ばれた地域であり、本古墳はその範囲内に位置します。現在の「見瀬」という地名も「身狭(むさ)」がなまったものと考えられています。

陵名の「桃花鳥(つき)」は鳥の「トキ」とも読みます。この語が、現在の地名である「鳥屋(とりや)」の由来の一つになったとの説もあります。

トキ

つまり身狭桃花鳥坂上とは「見瀬の鳥屋の坂の上にある陵」と解釈することができます。

益田池碑文による位置の特定

空海が記した平安時代初期の「益田池碑文」は、当時の景観を記録しています。そこには、池の「左に龍寺(久米寺)、右に鳥陵(宣化陵)」があると記されています。

現在の久米寺と鳥屋ミサンザイ古墳の位置関係は、この碑文の記述と一致しており、9世紀の時点で本古墳が「宣化陵(鳥陵)」として認識されていたようです。

周辺古墳との比較と消去法

身狭の地には複数の大型前方後円墳が存在しますが、宣化天皇の没年に合致する大王級の古墳は、実質的に「鳥屋ミサンザイ古墳」と「見瀬丸山古墳」の二つに絞られます。

周辺工事に伴う調査などで出土した遺物から、鳥屋ミサンザイ古墳は6世紀前半の築造であることが考えられています。一方、宣化天皇の崩御時期も6世紀前半と推定されており、年代的な整合性も高いといえます。

このように築造時期、古代の記録、地名の由来などから考えると、鳥屋ミサンザイ古墳を宣化天皇陵とすることに不自然さはありません。

宣化天皇陵(鳥屋ミサンザイ古墳)とは

鳥屋ミサンザイ古墳は、奈良県橿原市鳥屋町に存在します。北東方向には橿原神宮や久米寺が位置し、かつて平安時代初期に空海らによって築かれた巨大な「益田池」の西岸に接する場所に位置しています。現在は宮内庁により、第28代宣化天皇の「身狭桃花鳥坂上陵」に治定されています。

本古墳は、貝吹山から北に向かってのびる越智岡(おちおか)丘陵の先端部に築かれています。丘陵の自然地形を利用しており、尾根端を切り離して墳丘を形成している点が特徴です。

古墳のすぐ南には、方墳として全国1位の規模を誇る「桝山古墳」や、北西には、数百基におよぶ小古墳が点在する「新沢千塚古墳群」など、この一帯は有力者の墓域として多くの古墳が築かれてきました。

桝山古墳(身狭桃花鳥坂墓)
桝山古墳

ということで、周辺の古墳を巡りながら、鳥屋ミサンザイ古墳へ向かいます。新沢千塚古墳群の駐車場から県道沿い10分ほど歩くと、宣化天皇陵の案内標識があるので、そこを右折します。

宣化天皇陵(鳥屋ミサンザイ古墳)

そのまま真っすぐ進んでいくと、宣化天皇陵の遥拝所がある前方部が見えてきます。

宣化天皇陵(鳥屋ミサンザイ古墳)

宣化天皇陵こと鳥屋ミサンザイ古墳は、6世紀前半に築造された、全長138m、前方部高さ18.6mの規模を持つ前方後円墳です。墳丘は二段に築成されており、くびれ部の両側に方形の「造出し」をもつほか、前方部の東側には「張出し部」と呼ばれる特異な方形の突出部が存在します。

国土地理院地図より

墳丘には葺石が施され、円筒埴輪や朝顔形埴輪が巡っていたことが確認されています。墳丘の周囲には盾形の周濠が巡らされていますが、南側の濠幅が極端に狭いのは、尾根の先端を切り離して独立させたからと考えられています。

埋葬施設については、宮内庁の管理下にあるため詳細は判明していません。しかし、古墳の規模や築造年代から推測すると、大型の横穴式石室である可能性が高いと考えられています。

古墳は宮内庁が管理しているため、中に入ることができないので、古墳の周辺を歩いてみることに。こちらが前方部にある遥拝所ですが、かなり広い敷地を確保しています。遥拝所の基本構成は他の遥拝所と同じで、鳥居、石碑、玉垣というパターン。

宣化天皇陵(鳥屋ミサンザイ古墳)

遥拝所から東に回ると大きな池がありますが、こちらは「鳥屋池」となります。この池は、もともと周濠の一部だったと思われますが、18世紀以降に灌漑用の溜池として再整備されたようです。

宣化天皇陵(鳥屋ミサンザイ古墳)

西側にも周濠が巡り、古墳の全体像を見ることができます。といっても思いっきり茂っているので、巨大な森ですねという感じしかありません。

宣化天皇陵(鳥屋ミサンザイ古墳)

こちらが南側になりますが、尾根を切断して墳丘を整えたということで、極端に濠が狭くなっています。ちなみにこの先は行き止まりになっており、古墳を一周することはできません。

宣化天皇陵(鳥屋ミサンザイ古墳)

古墳名の「ミサンザイ」も「陵(みささぎ)」がなまったものであり、地元でも古くから鳥陵として認識されていたようです。

まとめ

宣化天皇陵(鳥屋ミサンザイ古墳)

今回は、奈良県橿原市にある宣化天皇陵こと鳥屋ミサンザイ古墳を紹介しました。宮内庁が治定する天皇陵は実際の被葬者について議論が分かれるケースも多いなか、宣化天皇陵に関しては、考古学的・文献的にも大きな矛盾は感じられませんでした。古墳の中には入れませんが、天皇陵にふさわしい巨大で美しい前方後円墳ではないでしょうか。

そんなわけで、宣化天皇陵こと鳥屋ミサンザイ古墳の紹介はこの辺で。次回はまた別の、謎の漢字の名前の陵を紹介します。

宣化天皇陵詳細

古墳 奈良県
前方後円墳 天皇陵 橿原市
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