はい、今回は大阪府東大阪市にある「出雲井9号墳(いずもいきゅうごうふん)」を紹介します。出雲井古墳群の大半は住宅地にあるため、原型を留めているものがほとんどありません。この出雲井9号墳も住宅地にあるため、例に漏れず横穴式石室が崩壊しています。
しかも案内板も無く、完全に存在感を消されています。存在感を消された、崩壊した横穴式石室があると聞いたからには、見に行かずにはいられません。そんな訳で、大阪府東大阪市にある「出雲井9号墳」へ行ってきました。
出雲井9号墳とは
出雲井9号墳のある、大阪府東大阪市に来ています。東大阪市の古墳は、生駒山地の中腹に多く、特に「山畑古墳群」は、100基以上の古墳が築かれた群集墳として知られています。山畑古墳群の北側にも、豊浦谷古墳群、みかん山古墳郡などの小規模な古墳群がいくつか存在。出雲井9号墳も、同じく山畑古墳群の北側にある「出雲井古墳群」に属しています。

出雲井古墳群は、14基の古墳から構成されている古墳群。1、2、3、11号墳は山中にあり、見に行くことが難しく、12、13、14号墳は消滅。そのため、4、5、6、7、8、9号墳を見ることが出来ます。

出雲井という地名ですが、「井」とつくように、水のわき出る場所を意味します。出雲井古墳群のすぐ北にある「枚岡神社」には、出雲井という水が湧き出る井戸が今も残されています。

という訳で、出雲井古墳群を巡りながら、出雲井9号墳へ。出雲井9号墳は、古墳群の中で最も西側にあり、住宅地の一角に存在します。ちなみにどの資料にも出雲井9号墳に関する記述がほとんどなく、場所も大まかな地図から、多分この辺りだろうという推測です。
住宅地をブラブラ歩いていると、出雲井9号墳があると思われる場所に到着。住宅密集地の中に少し開けた場所があり、奥に横穴式石室らしき巨石を確認できました。

空き地の手前にはお地蔵様が祀られており、どうやら地元では信仰の場となっているようです。そういうことなので、とりあえずお地蔵様にお参りを済ませることに。

お地蔵様の隣にある謎の巨石群が、出雲井9号墳と思われます。同じく市街地にある4、5、6号墳には案内板が設置されていますが、9号墳には案内板がありません。もしかしたらただの石という可能性もありますが、おそらく崩れた横穴式石室ではないでしょうか。

情報が全くないため詳細は不明ですが、6世紀以降に築造されたものと思われます。封土は既に失われており、墳形も分かりません。発掘調査が行われておらず、石室規模、袖式、遺物、棺についても不明。

そんな訳で、グルッと古墳の周囲を見てみることに。一般的に横穴式石室は南側に開口しています。出雲井9号墳も南北に伸びていることから、南側が開口部と思われます。ただ完全に崩壊しているので中を見るどころか、開口部すら分かりません。

こちらが横から見た石室。崩壊しているので、どこから羨道でどこからが玄室なのかも分かりません。

こちらが奥壁側と思われる北側。全力で埋まっているのでよく分かりません。

ちなみにこの空き地の片隅にも、いくつか石室の石材らしいものが転がっていました。もしかしたらただの石かもしれませんが。

出雲井古墳群は6世紀から7世紀中頃にかけて、約100年近く築造され続けています。崩壊したとはいえ、なかなかの規模の石室なので、地元でも力を持つ有力者の墓だったのでしょう。
開けた空き地にある古墳ということで比較的見やすい古墳ですが、いかんせん住宅地にあり謎の石材を激写し続けているのも怪しいので、とりあえず帰ることにしました。
まとめ

今回は、大阪府東大阪市にある「出雲井9号墳」を紹介しました。お地蔵様と崩壊した石室が残るという、謎の空間でした。公園でもなさそうなので、誰が管理しているのかよく分かりませんが、住宅地にありながら消滅せず残されているのは、なかなか奇跡ではないでしょうか。
そんな訳で、出雲井9号墳の紹介はこの辺で。次回はまた別の、空き地にある崩壊した横穴式石室を紹介します。
出雲井9号墳詳細
| 古墳名 | 出雲井9号墳 |
| 別名 | なし |
| 住所 | 大阪府東大阪市出雲井本町7 |
| 墳形 | 不明 |
| 直径 | 不明 |
| 高さ | 不明 |
| 築造時期 | 不明 |
| 被葬者 | 不明 |
| 埋葬施設 | 横穴式石室 |
| 石室全長 | 不明 |
| 指定文化財 | 無し |
| 出土物 | 不明 |
| 参考資料 | ・東大阪の古墳 |

