はい、今回は兵庫県宝塚市にある「中筋山手東古墳群1号墳(なかすじやまてひがしこふんぐんいちごうふん)」を紹介します。中筋山手東古墳群は3基から構成された小さな古墳群として知られています。
かつては山中にひっそりと存在した古墳ですが、宅地開発により消滅の恐れがありました。しかし現在は、無事保存されている古墳です。消滅を免れた古墳があると聞いたからには、見に行かずにはいられません。そんな訳で、兵庫県宝塚市にある「中筋山手東古墳群1号墳」へ行ってきました。
中筋山手東古墳群1号墳とは
中筋山手東古墳群1号墳のある、兵庫県宝塚市に来ています。宝塚市内には、中山寺古墳や中山荘園古墳など、古墳時代後期に数多くの古墳が築造されました。これら古墳時代後期の古墳の大半は、長尾連山に存在します。

中筋山手東古墳群は、長尾連山の天神川沿いに3基により構成された古墳群。元々は10基ほどの古墳が存在したようですが、大半は消滅。現在は、1、2、3号墳が保存されています。ちなみに山を挟んで西側には、同時期に築造された「中筋山手古墳群」も存在しており、周辺には一定の勢力を有した豪族が存在したようです。

そんな訳で、JR中山寺駅で降りて、中筋山手東古墳群を回ることに。中筋山手古墳群と中筋山手東古墳群は、山を挟んで隣り合っています。距離的には近いのですが、真っ直ぐ行けないため、大きく迂回する必要があります。中筋山手東古墳群は、かつては山中に存在しましたが、近年周辺が住宅地として開発されています。開発過程で消滅の恐れもありましたが、現在は住宅地内に1、2、3号墳が保存されています。

真新しい住宅地に入ると、ガードマンがおり、見ると近くで住宅が建設中でした。そんなガードマンのすぐ近くに、中筋山手東1号墳が存在します。古墳は住宅地に保存されているということもあり、周囲にフェンスが巡らされていました。開発前は中に入ることもできたようですが、現在はフェンス越しに見つめるしかありません。

中筋山手東古墳群1号墳は、直径12m、高さ3mの円墳。遺物が見つかっていないため詳細は不明ですが、周辺の古墳が7世紀前半に築造されていることから、これに前後するものと思われます。
埋葬施設は、南側に開口した両袖式の横穴式石室。羨道の天井石は失われていますが、全体的には良好な状態で残されています。石室規模は、玄室4m、羨道3mで、全長7mを測ります。間口は玄室部で最大1.4mに対して高さが2.44mと、細長い縦長サイズ。
という訳で、古墳の周りを見てみることに。ちなみに北と東は住宅地のため行くことができません。こちらが西側。古墳かどうか分からないぐらい、雑草が茂っています。「雑草ですね」という感想しかありません。

こちらが南側の開口部。やはり雑草が茂っており、なんとなく開口部というのが分かる感じです。内部は真っ暗でよく分かりません。

ちなみに、2、3号墳には案内板がありましたが、何故か1号墳だけは設置されていません。可哀想なので、いつか1号墳にも案内板を設置されればと思います。フェンスに囲まれた謎の雑草を激写していると、ガードマンさんからの熱い視線を感じてしまうので、とりあえず帰ることにしました。
まとめ

今回は、兵庫県宝塚市にある「中筋山手東古墳群1号墳」を紹介しました。周辺が宅地開発されたものの、こうして残されたというのは、昔と比べて文化財保護の意識が高まってきたのかもしれません。事業者や宝塚市においては、素晴らしい対応をされたのではないでしょうか。
そんな訳で、中筋山手東古墳群1号墳の紹介はこの辺で。次回はまた別の、無事住宅地に保存された古墳を紹介します。
中筋山手東古墳群1号墳詳細
| 古墳名 | 中筋山手東古墳群1号墳 |
| 別名 | 無し |
| 住所 | 兵庫県宝塚市中筋山手4丁目15−5 |
| 墳形 | 円墳 |
| 直径 | 12m |
| 高さ | 3m |
| 築造時期 | 古墳時代後半 |
| 被葬者 | 不明 |
| 埋葬施設 | 横穴式石室 |
| 石室規模 | 7m |
| 出土物 | 不明 |
| 指定文化財 | 無し |
| 参考資料 | 宝塚市史 |
