はい、今回は兵庫県三田市にある「奈良山12号墳(ならやまじゅうにごうふん)」を紹介します。奈良山12号墳は、奈良山に築かれた12基から構成された奈良山古墳群の一つ。
この奈良山12号墳ですが、三田盆地に造られた最後の古墳かもしれないとのこと。三田盆地において最後に築造されたかも知れない古墳があると聞いたからには、見に行かずにはいられません。そんな訳で、兵庫県三田市にある「奈良山12号墳」へ行ってきました。
奈良山12号墳とは
奈良山12号墳のある、兵庫県三田市にきています。兵庫県は日本一古墳が多い県ということで、三田市にも多数の古墳が存在します。ただ、その大半は山中に存在するため、気軽に見に行ける古墳は多くありません。そんな中、奈良山12号墳は公園内に整備されているため、訪れやすい古墳となっています。
奈良山古墳群は、山を切り開いて開発した「ウッディタウン」と呼ばれる新興住宅地に存在。ウッディタウンは、「すずかけ台」、「あかしあ台」、「けやき台」、「ゆりのき台」の4地区から構成され、奈良山12号墳は「けやき台」にある奈良山に築造されています。
ウッディタウンには他にも多数の古墳が存在しましたが、宅地開発により大半が消滅。現在ウッディタウンに残る古墳は、この奈良山古墳群以外には、有鼻1、2号墳のみとなります。

奈良山12号墳は、12基から構成された「奈良山古墳群」の一つ。奈良山古墳群は、標高170m~215m付近に東西に並び築造されています。このうち7、12号墳が整備されて、中央公園内に保存。ちなみに残りの古墳は消滅したわけではなく、いくつかは公園内のどこかにあるようです。

その中で1、2号墳は4世紀代、3~11号墳は6世紀代、そして最後の12号墳は7世紀代の築造と考えられています。それぞれ近い場所に築造されていますが、連続性があるのかについては分かっていません。

そんな訳で、奈良山12号墳のある中央公園にやってきました。かなり広い公園ですが、8月の猛暑だったこともあり、誰もみかけず。

ちなみに三田市のホームページにある中央公園の案内を見てみましたが、奈良山古墳群についての記述は一切ありませんでした。市町村のホームページには、史跡に関するページが大体あるのですが、三田市はかなり少なめ。奈良山古墳群などは整備されているにも関わらず、全くありませんでした。
そんな放置気味の奈良山古墳群ですが、案内板もやや突き放し気味。看板には「古墳」としか書いてないので、せめて古墳名ぐらいは書いてほしいところ。

中央公園は整備されていますが、山の中にある古墳ということで、なかなかの階段を上っていく必要があります。夏場で草木が茂っている上、誰も来る人がいないのか道が草にかなり浸食されています。虫は飛び回り、湿度もMAXなので、まあまあの地獄。

こちらが山頂付近の広場で、謎のオブジェと案内板が置かれていました。ここで初めて奈良山古墳群の名前が登場。しかしかなり小さく見にくいので、気がつく人は少ないのではないでしょうか。ここから東へ行くと奈良山7号墳が、南西の奈良山最高峰付近に奈良山12号墳が存在します。

奈良山12号墳への道も、ほとんど行く人がいないのかジャングル状態。やはり夏場の古墳巡りはハードです。

暑さと湿度と虫と格闘しながら、ようやく奈良山12号墳へ到着。もちろんこの間、誰一人としてすれ違うことはありませんでした。ちなみに奈良山古墳群の中では、最も高い標高212mに存在します。

奈良山12号墳は、7世紀前半〜中頃に築造された円墳。山の傾斜面上方部を幅1m、深さ0.2mほどの規模に削り、整地した場所に古墳を築造しています。直径は8.5〜10m、高さは0.6〜1.5mしかなく、かなり低めの墳丘。葺石や周濠についての外部施設についての情報がありません。遺物としては、杯蓋が見つかっているのみ。
埋葬施設は、凝灰岩質砂岩を用いた組み合わせ式の横口式石槨。石棺部と墓道に分かれており、それぞれ長さは1.1mで、規模としては小型。平安時代にも追葬が行われていたようで、人骨が見つかっています。
古墳の築造時期が7世紀前半〜中頃であることから、三田盆地においては最後の方に築造された古墳と考えられています。また、奈良山古墳の中でも12号墳は他の古墳と築造時期が離れていることから、単独墳であるとの説も。

被葬者は、古墳の築造が終わりかけていた時期に、横口式石槨を持つ古墳を築造しています。この点より、周辺でもかなりの有力者の墓だったのかもしれません。
そんな訳で、奈良山12号墳の周囲を歩いてみることに。こちらが墳丘の全景。裾部は石垣でガチガチに固められるという魔改造が施されています。元々の墳丘が低かったため、補強しないと封土が流出してしまうのかもしれません。

墳丘の南側には案内板が設置されており、古墳の概要が記されています。ただ、内容よりも、謎のメガネオブジェのほうが気になって仕方がありません。一体、これは何者なんでしょうか。

墳丘に上ってみましたが、埋葬施設は埋め戻されているので何もありません。墳丘からの眺めといっても、全力で茂みだけでした、お疲れ様でした。

そんな訳で、誰もいない公園古墳で一人墳丘に上っていると少し寂しくなってきた上に、恐ろしい勢いで虫が集まってきたので、とりあえず帰ることにしました。
まとめ

今回は、兵庫県三田市にある「奈良山12号墳」を紹介しました。三田盆地において最後に築造されたかも知れない古墳ですが、行ってみるともれなくブロック魔改造古墳を見ることができます。三田市においては意義のある古墳なので、もう少しアピールされてもいいのではないでしょうか。
そんな訳で、奈良山12号墳の紹介はこの辺で。次回はまた別の、周辺で最後に築造されたかも知れないブロック魔改造古墳を紹介します。
奈良山12号墳詳細
| 古墳名 | 奈良山12号墳 |
| 別名 | 無し |
| 住所 | 兵庫県三田市けやき台2丁目3 |
| 墳形 | 円墳 |
| 直径 | 8.5〜10m |
| 高さ | 0.6〜1.5m |
| 築造時期 | 7世紀前半〜中頃 |
| 被葬者 | 不明 |
| 埋葬施設 | 横口式石槨 |
| 石室規模 | 2.2m (石棺部1.1m、羨道1.1m) |
| 出土物 | 杯蓋 |
| 指定文化財 | 無し |
| 参考資料 | ・案内板 ・兵庫県史 ・北摂ニュータウン内遺跡調査報告書 1 |
案内板
奈良山12号墳
7世紀中頃から後半(約1,350年前)に造られた直径10m、高さ1.5mの円墳で、凝灰岩質砂岩を使った横口式石棺墓が見つかった。石棺部は長さ110cm、幅85cm、高さ97cmで天井石、東壁、西壁、南壁、北壁:1枚、底石2枚の7枚の切容で組な合わせている。南壁には縦37cm、35cmの入口があり、全長110cm、幅90cmの美道が続いている。須恵器の台付 長頸壺の蓋が出土した。三田盆地で最後に造らた古墳である
