東求女塚古墳|公園に君臨する魔改造古墳

東求女塚古墳|公園に君臨する魔改造古墳

はい今回は、兵庫県神戸市にある「東求女塚古墳」を紹介します。こちらも難読名ですが「ひがしもとめづかこふん」と読みます。

以前紹介した「処女塚古墳」とゆかりのある古墳で、処女塚古墳の東側に存在しています。

そんな東求塚古墳は現在、もはや原型をとどめないほど魔改造されており、児童公園の中央に君臨しています。

魔改造古墳無しには生きていけないバリュー投資家として、どんな古墳なのか確認せずにはいられません。そんな訳で、今回は神戸市にある「東求女塚古墳」を紹介します。

東求女塚古墳とは

東求女塚古墳は、4世紀後半に築造されたとされる前方後円墳。もともとは全長80mほどありましたが、現在はほとんど原型を留めていません。

過去の発掘調査から銅鏡、勾玉、刀などが出土し墳丘には葺石が敷かれていました。

東求塚古墳は菟原処女の伝説(うないおとめ の でんせつ)の舞台として特に知られています。

かつてこの地には「菟原処女(うないおとめ)」という可憐な娘がおり、多くの男たちを魅了していました。その中でも「菟原壮士(うないおとこ)」「茅渟壮士(ちぬおとこ)」が、娘を巡って激しく対立します。

この二人の対立に心を痛めた菟原処女は、自害。さらに菟原処女が自害したことを知った二人の男も、後を追って自害してしまいます。その後、親族たちは長く語り継ぐため娘の墓を中央に、男の墓を両側に作ったとのこと。

この話をもとに処女塚古墳が菟原処女の墓とされ、処女塚古墳の東西にある「東求塚古墳」と「西求女塚古墳」が菟原壮士と茅渟壮士に当てられています。

ちなみにこの話は後世の人が考えた話で、実際は地元の豪族の墓と考えられています。なんとなく美男子が葬られている感じですが、実際はいかついオッサンが祀られているんだと思います。

東求女塚古墳の魔改造度

はい、東求塚古墳のある神戸市東灘区にやってきました。ここ東灘区は、神戸市の中でもブランド力の高いエリアとして知られています。

といっても人気エリアは阪急沿線であり、阪神沿線にある東求塚古墳は下町オーラをビンビン発しています。駅から少し歩いていると、廃屋なのか営業しているのか不明な謎のお店があったり、カオスな感じです。

阪神住吉駅から5分ほどの場所に求女公園があり、その中央に東求塚古墳が存在します。求女公園という名前は古墳から来ていると思いますが、由来を知らない人はチョット引いてしまうのではないでしょうか…

東求女塚古墳

ところで、古墳を撮影するのに一番困難な場所をご存じでしょうか?山奥?住宅地?いえ「公園」です。チビッコや親が大勢いる中で、謎の土の塊を激写しているオッサンは不審者率が急上昇します。そして公園の中に古墳があるパターンは意外と多く、公園での古墳撮影はまさに命懸け。

Googleマップの口コミ情報によると、夕方の求女公園は子供達が非常に多いようで今回は決死の撮影になると覚悟。幸いなことに、この日は昼から雨が降っていたため、夕方訪には誰もおらずラッキーなタイミングでした。日夜、バリュー投資の啓蒙に励んだ善行が報われたとしか考えられません。

誰もいない公園に入ると、中央に一段高く盛り上がり柵に囲まれた場所があり、ここが東求女塚古墳のようです。もともとは前方後円墳でしたが、その面影は1ミリも残っていません…

東求女塚古墳

丸く擁壁で魔改造されていり、階段が2ヶ所設置されています。平削された墳丘を擁壁でなんとか形にしようとするのは、魔改造古墳あるあるですね。

東求女塚古墳

設置された階段を登ってみると「求塚古墳」と記された石碑が置かれています。石碑にはなにやら説明書きが彫られていますが、まったく判読不能。

東求女塚古墳
東求女塚古墳

Wikipediaに文字起こしされたものがあるので、みてみましたが…

鳩不能忘倭樹短草鴫不能忘水澤沼地國民不能出歷史外也是以古蹟保存者獨非保存國粹而已也永使月睹於古以發揮國民性能厚報本反始念可養成旺盛愛國心也此地古來以求女之塚名而其蹟荒廢日久矣依加工以存於後昆焉

全然わかりません!

鳩不能???出だしから、古墳と意味がつながらなそうな単語が出現してパニック。日本語なのか漢文なのかも不明。学がないのは辛いところです。

石碑以外には案内板が置かれており、古墳の解説が書かれています。これはありがたいですね。

東求女塚古墳

他に全く見るところもないので帰ろうとすると、チビッコが自転車で何かに取り憑かれたかのように古墳の周りをこぎ続けていました。多分取り憑かれてるのだと思います。

チビッコと親がやってきて、古墳を激写できなくなったので帰りました。

まとめ

東求女塚古墳

今回は神戸市東灘区にある「東求女塚古墳」を紹介しました。

もはや古墳と呼んでよいのか分かりませんが、古墳といっているので古墳に間違いありません。現に、古墳の魔力に捕まったチビッコが、無限に古墳の周囲を自転車で回らされていました。

それでは次回、気が向けば別の魔改造古墳を紹介したいと思います。

東求女塚古墳詳細

名前東求女塚古墳
住所〒658-0053 兵庫県神戸市東灘区住吉宮町1丁目9−15
墳形前方後円墳
全長80m
高さ不明
築造時期4世紀後半
埋葬施設竪穴式石室(推定)
被葬者不明
参考資料神戸市教育委員会 1983 『昭和57年度遺跡現地説明会資料』

案内板

東求女塚古墳は、御影塚町の処女塚古墳、灘区都通の西求女塚古墳とともに、「蘆屋の菟名負処女」を巡る悲恋伝説ゆかりの塚として古くから有名です。伝説では、菟名負処女をめぐって争った信太壮士の墓だといわれていますが、実際は、このあたりを支配した豪族の墓であろうと考えられます。
現在、墳丘の一部は公園の中に残っていますが、墳丘のほとんどは、土取りによってなくなってしまいました。
昭和57年、遊喜幼稚園の園舎改装工事に伴って行われた発掘調査では、前方部の墳丘と裾部と周濠が発見されました。また、公園整備に伴う調査で後円部の裾部も残っていることがわかりました。
これらの調査結果から、前方部を北西に向けた全長約80mの前方後円墳で、墳丘の斜面には石が葺かれていたことがわかりました。
東求女塚古墳から出土した遺物は、銅鏡、車輪石、剣、玉などで、明治時代の壁土取りの際に発見されました。これらの遺物は現在、東京国立博物館に保管されています。
この古墳の造られた年代は、出土した遺物から、4世紀後半と考えられます。
東灘区役所