はい、今回は奈良県川西町にある「佐々木塚古墳(ささきづかこふん)」を紹介します。古墳といえば、人里離れた場所にあるイメージがあります。しかしこの佐々木塚古墳は駅前のロータリー横にあり、改札を抜けて、文字どおり数秒の場所にあります。
そんな駅前古墳があると聞いたからには、見に行かずにはいられません。ということで、奈良県川西町にある「佐々木塚古墳」へ行ってきました。
佐々木塚古墳とは
川西町は平野部に位置し、早い段階から開墾や開発が進んだため、現存する古墳が非常に少なくなっています。川西町には「~塚」という地名が多く残っており、かつては複数の古墳が存在したと考えられています。現存する古墳の代表例が、墳丘長約200mを誇る巨大前方後円墳の 島の山古墳 です。

ということで、周りに古墳があまりないので佐々木塚古墳だけを見るために車をとばして川西町へやってきました。佐々木塚古墳は、橿原神宮前駅~大和西大寺駅を結ぶ近鉄橿原線「結崎駅」の前に保存されています。

数年前まではこんもりと木々が茂る、謎の「盛り土」のような状態でしたが、結崎駅周辺整備事業によって、駅舎を含めた周辺がきれいに整備されました。駅前も広場として整備されていますが、佐々木塚古墳は広場の一部として保存されています。
本当は駅前にあるので電車でくればいいのですが、おそらく車の倍ぐらい時間がかかるので、あきらめて車で来てしまいました。
駅前は週末とあってワークショップなどが開かれて、音楽が鳴り響いていました。橿原線はどこかローカル線のような雰囲気もありますが、結崎駅舎は建て直されて間もないのか、今どきのデザインです。

そして駅前には、佐々木塚古墳が横たわっていました。

まあまあの広場ですね。
墳丘がとても低く、芝生の広場にしか見えません。案内板があるので古墳と気付く人もいるでしょうが、これを一目で古墳と気が付く人がいたらエスパーでしょう。
佐々木塚古墳は、出土遺物や周濠の形状から5世紀中頃に築造された円墳と考えられています。ただ、元の形が失われているため、方墳、前方後円墳の可能性もあるようです。
現状は一辺約30m、高さ約2mの方形に近い形状をしていますが、調査で見つかった周濠が弧状だったことから、本来は直径40mを超える円墳であった可能性が高いとされています。
発掘調査では周濠の一部とみられる溝が確認され、そこからは円筒埴輪や形象埴輪が見つかっています。円筒埴輪は高さ47cmで、4本の凸帯がめぐる淡褐色の穴窯で焼かれたものとのこと。他には、須恵器坏身と蓋が出土しています。
埋葬施設については確認されていません。上部が大きく削平されていることから、主体部はすでに失われている可能性もあります。
ということで、広場と一体化している佐々木塚古墳を見てみます。こちらが駅舎から見た佐々木塚古墳ですが、芝生の広場ですねという感じです。

こちらが西から見た佐々木塚古墳ですが、とりあえず広場です。

こちらは北側からのアングルですが、どこからどう見ても芝生の広場です。

最後に墳頂に登ってみましたが、普通に広場の真ん中に立ってる感じで古墳という感じは全くありませんでした。お疲れさまでした。

そんなわけで、駅前で普通の広場をあらゆる方向から激写しているのも怪しさ満点なので、とりあえず帰ることにしました。
まとめ

今回は、奈良県川西町にある「佐々木塚古墳」を紹介しました。川西町に現存する貴重な古墳ですが、完全に駅前広場に擬態していたので古墳という感じは全くありませんでした。ただ、駅前という立地にもかかわらず保存されているというのは奇跡的だとは思うので、広場として扱われていることでもいいので、これからも残されてほしいところです。
ということで、佐々木塚古墳の紹介はこの辺で。次回はまた別の、駅前にある広場古墳を紹介します。
佐々木塚古墳詳細
| 古墳名 | 佐々木塚古墳 |
| 別名 | 無し |
| 住所 | 奈良県磯城郡川西町結崎589−85 |
| 墳形 | 推定:円墳 |
| 規模 | 現状:直径30m |
| 高さ | 現状:2m |
| 築造時期 | 5世紀中頃 |
| 被葬者 | 不明 |
| 埋葬施設 | 不明 |
| 石室全長 | 不明 |
| 指定文化財 | なし |
| 出土物 | 円筒埴輪、形象埴輪、須恵器杯・蓋・身 |
| 参考資料 | ・川西町史 ・案内板 |
案内板
佐々木塚古墳(ささきづかこふん)
この古墳は標高43メートル前後の低地につくられた古墳です。古墳の名前は字名から付けられました。現状の形は一片30メートル、高さ2m程度の方形に近い形状ですが、元の形を残していないため、円墳、方墳、前方後円墳とも推測されています。過去に古墳の一部を調査したところ、5世紀中頃の須恵器、円筒埴輪や形象埴輪が出土しています。また濠状の溝が検出され、その溝が弧状であったことからみて、円墳である可能性が高いといえます。また、川西町内には「〜塚」や「〜山」等の地名が残っており、これらは過去に古墳があった可能性がある地といえます。
