はい、今回は大阪府高槻市にある「宿袮塚古墳(すくねづかこふん)」を紹介します。この宿祢塚古墳ですが、古墳時代を語る上で外すことのできない「野見宿禰」の墓と伝わる古墳として知られています。
この宿祢塚古墳が、なぜ野見宿禰の墓と伝わるようになったのか?その真相を探るべく、大阪府高槻市にある「宿袮塚古墳」へ行ってきました。
宿袮塚古墳とは
宿祢塚古墳のある、大阪府高槻市に来ています。高槻市は、100基以上の古墳が存在した三島古墳群や、継体天皇の真陵とされる今城塚古墳など、府内でも古墳の多いエリアとして知られています。
今回は、高槻駅周辺の古墳を巡りながら、宿祢塚古墳へ。高槻駅前で自転車をレンタルしますが、高槻市は意外とアップダウンがあるので、もちろん電動機付き一択。
宿祢塚古墳は、高槻市中央部の天神山丘陵に築造された古墳。天神山丘陵には宿祢塚古墳以外に「昼神車塚古墳」「中将塚古墳」の3基の古墳が存在します。ほかにも「伊勢寺古墳」も存在しましたが、こちらは消滅して見ることができません。

この天神山丘陵の中心には「上宮天満宮」が存在します。元々は延喜式神名帳にも記載された「野身神社」が建てられていました。後に菅原道真を祀る天満宮が建てられ、野見神社は摂社の一つとして取り込まれています。

現在は摂社の一つの野見神社ですが、927年に編纂された「延喜式神名帳」に記載された由緒ある神社でもあります。野見神社の創建は不明ですが、野見宿禰の末裔である「土師氏」が祖神である野見宿禰を祀るために建てたと考えられています。

日本書紀によると野見宿禰は、垂仁天皇の時代に、殉死の風習を改め埴輪を用いることを提案したと伝えられています。その功績により「土師」の氏が授けられ、以降埴輪や古墳築造に携わる一族として栄えました。

高槻市周辺には、今城塚古墳や茶臼山古墳など、巨大前方後円墳が存在することから、それに携わる土師氏も、この一帯に暮らしていたのかもしれません。

ちなみに土師氏は古墳時代以降、いくつかの氏族に分かれ、その一つに、菅原道真を排出した「菅原氏」があります。上宮天満宮の創建も、菅原道真の曾孫である菅原為理が、この地にある野見宿禰の祖廟を知り、創建したと伝えられています。
宿祢塚古墳は、この野見神社の社殿の下に存在します。そんな訳で、野見神社のある上宮天満宮へ。上宮天満宮へ続く参道は、丘陵地にあるということでなかなかハードな階段

参道を上りきった右側に、野見神社が鎮座します。多少盛り上がりが見えるものの、どの辺りが古墳なのかはサッパリわかりません。

宿祢塚古墳は、築造時期、墳形、遺物など詳しいことは全く分かっていません。本殿前に横穴式石室らしき石材が散乱していることから、古墳時代後期に築造されたと思われます。




この宿祢塚古墳ですが、野見宿禰の墓とも伝わっています。しかし野見宿禰の活躍した時代は古墳時代前期と考えられており、時代があいません。ただ、土師氏が野見宿禰を祀るために神社を建てていることから、土師氏に関わる人物なのかもしれません。

そんな訳で、壁越しに本殿を覗きこんでいるのも怪しさ爆発なので、とりあえず帰ることにしました。
まとめ

今回は、大阪府高槻市にある「宿袮塚古墳」を紹介しました。一見、神社にしか見えませんが、横穴式石室の石材が微妙に残るという古墳でした。古墳は野見宿禰の墓である可能性は低いのですが、上に建つ神社で野見宿禰を祭っているので、もう墓ということでいいいのかもしれません。何がいいのかよく分かりませんが。
そんな訳で、宿祢塚古墳の紹介はこの辺で。次回はまた別の、野見宿禰の墓かもしれない古墳を紹介します。
宿袮塚古墳詳細
| 古墳名 | 宿袮塚古墳 |
| 別名 | 無し |
| 住所 | 大阪府高槻市天神町1丁目15−5 |
| 墳形 | 不明 |
| 全長 | 不明 |
| 高さ | 不明 |
| 築造時期 | 不明 |
| 被葬者 | 伝:野見宿禰 |
| 埋葬施設 | 横穴式石室 |
| 石室規模 | 不明 |
| 出土物 | 不明 |
| 指定文化財 | 無し |
| 参考資料 | ・案内板 ・高槻市史6 |
案内板
野身神社と宿祢塚古墳
土師器と呼ばれる素焼の壺や皿は祭祀用に用いられ、これらを製作する土師氏を率いる族長がノミ(祈み)のスクネ(直の根)と呼ばれ神に対する直系の長を意味する。この日神山を北端として、東西1キロ・南に3キロの地域は野見郷と云いその族長が葬られ連綿と祭祀された。927年に制定され始めての法体系ともいうべき延喜式の神社台帳ともされる「神明帳」に記載されている神社を式内社とするが、野見宿祢を祀るのは四社(三河、尾張、因幡、及び当社)しかなく弊社の原点ともいうべき古社でそして明治十二年以降かなりの間、この全域は、古名野身神社が正式名称であった。日本書紀の説話をもとに相撲の神様としての伝承も定着している。
