はい、今回は大阪府東大阪市にある「浄土寺谷1号墳(じょうどじだにいちごうふん)」を紹介します。浄土寺谷1号墳は、5基から構成される浄土寺谷古墳群のひとつ。
この浄土寺谷1号墳ですが、ちょうど登山道の脇にヒッソリと横穴式石室が残された古墳として知られています。横穴式石室が登山道の脇にヒッソリと残っていると聞いたからには、見に行かずにはいられません。そんな訳で、大阪府東大阪市にある「浄土寺谷1号墳」へ行ってきました。
浄土寺谷1号墳とは
浄土寺谷1号墳のある、大阪府東大阪市に来ています。東大阪市の古墳は、生駒山地の中腹に多く、特に「山畑古墳群」は、100基以上もの古墳が築かれた群集墳として知られています。
浄土谷1号墳のある浄土谷古墳群は、東大阪市の南に位置する生駒山地の中腹に築かれています。浄土寺谷古墳群のうち、2、4、5号墳は既に失われており、現在見ることができるのは、1、3号墳のみ。そんな訳で、周辺の古墳を巡りながら、浄土寺谷1号墳へ向かいます。
浄土寺谷古墳群周辺は道が大変狭い上駐車スペースもなく、旧170号線沿いの駐車場に車を停めて、徒歩で古墳へ。生駒山地方面に歩いていると、少し気になる神社が目に入りました。

明らかに盛り上がった小さな丘の上に築かれた神社だったので、近づいてみると、どうやら古墳のようです。この丘は「大賀世1号墳」といい、周辺から埴輪が出土したとのこと。他にも2、3号墳が存在したそうですが、現在は消滅しています。

大賀世1号墳からさらに山側へ歩いていくと、常光院が見えてきます。このお寺の境内には浄土寺谷3号墳が存在。墳丘は既に失われており、巨大な横穴式石室がむき出しとなっています。常光寺に保存されているということで、別名「常光寺古墳」とも呼ばれているとのこと。

浄土寺谷3号墳を後に更に山側に歩いていくと歩道が終わり、山道へと続きます。ちなみにこの山道がどこに通じているのかは全く分かりません。

山道を少し入ったところに、浄土寺谷1号墳が存在しました。浄土寺谷1号墳は、6世紀後半に築造されたと考えられています。封土は既に失われており、元の墳形については分かっていません。発掘調査が行われていないため、周濠、遺物、埋葬方法についても不明。

埋葬施設は横穴式石室ですが、すでに半壊。見えている部分は奥壁側で、南東に開口していたようです。石室の規模については不明ですが、玄室部については4mの規模とのこと。

そんな訳で、古墳の周りを見てみることに。こちらが入口に見えますが奥壁付近。石室内にはかなりの土砂が流入しているようです。何となく中に入れそうですが、蜘蛛の巣やらなんやら色々ありこれ以上近づくのは断念。多分入っても「狭いですね」という感想しかないでしょう。

こちらが羨道部分になるのでしょうか、とりあえず盛り土しか見えません。

登山道のわき道を登ると、浄土寺谷1号の全景が確認できます。と言っても、知らない人がみたら、岩が転がってるだけにしか見えませんが。

ということで、この山道ですが撮影中、誰一人歩いている人に出会いませんでした。撮影し放題なのはいいのですが、若干寂しくなってきたので、とりあえず帰ることにしました。
まとめ

今回は、大阪府東大阪市にある「浄土寺谷1号墳」を紹介しました。どこにつながっているのかサッパリ分からない山道の入口にある、石室が半壊した古墳でした。とりあえず、死ぬほど坂道を上った挙句「半壊した石室ですね」とつぶやきたい人にはオススメの古墳かもしれません。気軽に見に行けるものの、全く整備されていないので、見学の際は気を付けてください。
そんな訳で、浄土寺谷1号墳の紹介はこの辺で。次回はまた別の、登山道の脇にある半壊した古墳を紹介します。
浄土寺谷1号墳詳細
| 古墳名 | 浄土寺谷1号墳 |
| 別名 | 浄土寺谷古墳 |
| 住所 | 大阪府東大阪市横小路町1丁目2−22 |
| 墳形 | 不明 |
| 全長 | 不明 |
| 高さ | 不明 |
| 築造時期 | 6世紀後半 |
| 被葬者 | 不明 |
| 埋葬施設 | 横穴式石室 |
| 石室規模 | 玄室長:4m |
| 出土物 | 不明 |
| 指定文化財 | 無し |
| 参考資料 | 東大阪市の古墳 |
