はい、今回は兵庫県丹波篠山市にある「向井古墳(むかいこふん)」を紹介します。向井古墳は、田んぼにポツンとある古墳ですが、それだけでなく墳丘に謎の石碑が建てられています。
田んぼの中にある古墳で、墳丘に謎の石碑が建てられていると聞いたからには、見に行かずにはいられません。そんな訳で、兵庫県丹波篠山市にある「向井古墳」へ行ってきました。
向井古墳とは
向井古墳のある、兵庫県丹波篠山市に来ています。かつては「篠山市」と呼ばれていましたが、令和元年に「丹波篠山市」に改名。どうやら隣に近隣市町村が合併し「丹波市」が誕生したことで「丹波の本家は篠山なんだぞ」とアピールするのが目的だったようです。
全国で一番古墳の数が多い兵庫県ですが、丹波篠山市にも数多くの古墳が存在します。丹波篠山市の史跡一覧を見ると、確認されているだけで約1000基もの古墳が存在。山あいの地のため、土地が谷や川などに細かく分断され、数多くの集落が存在したのかもしれません。
そんな丹波篠山市で規模では抜きん出て巨大な古墳が「雲部車塚古墳」です。全長140mの前方後円墳で、兵庫県において3位の規模。向井古墳は、雲部車塚古墳から南東へ600mほどの場所に存在します。

古墳名は「丹波篠山市向井」にあることが由来と思われます。この地は篠山から亀岡へつながる場所で、交通の要衝でもありました。戦国時代には、西に波多野氏の居城「八上城」、東には丹波の青鬼と呼ばれた籾井教業の居城「籾井城」が築かれています。

ということで、雲部車塚古墳へ行ったついでに向井古墳に寄ってみることに。向井地区は籾井川を挟んで南北に分かれており、向井古墳は南側の集落に近い、田んぼの中に存在しました。

問答無用に田んぼの中にある古墳ですね
向井古墳についての情報はほとんどありません。丹波篠山市の文化財一覧に「径10m×15m、高さ3m」と記載された情報が全て。訪れる人もほとんどいないのか、ネット上にも情報がありません。なんだかよく分かりませんが、どうやら円墳ではあるようです。

向井地区一帯には古墳時代前期に築造された古墳がほとんど確認されておらず、大半は古墳時代後期に築造されているようです。見ただけでは、向井古墳の築造時期は分かりませんが、古墳時代後期の築造なのかもしれません。
墳丘を見ると謎の石碑が建てられていました。見た感じ五輪塔などではなく、墓石のようにも見えます。ただ裏側しかみえないので、よくわかりません。正面から確認したい所ですが、畦道を進む必要があるので断念しました。

よくある田んぼ古墳は、茂り放題ですが、向井古墳は草が刈られて整備されています。おそらく墳丘に建てられた石碑の為に、整備しているのかもしれません。古墳の情報はありませんが、水田に浮かぶ小島のようで、なかなか素敵な風景ではないでしょうか。
そんなわけで、謎の石碑の立つ田んぼ古墳を激写しているのも怪しさ満点なので、とりあえず帰ることにしました。
まとめ

今回は、兵庫県丹波篠山市にある「向井古墳」を紹介しました。情報が全くない古墳ですが、古墳の上に建つ謎の石碑もやはり謎でした。遠くから見つめていただけなので、分かるはずもないのですが。
ということで、向井古墳の紹介はこの辺で。次回はまた別の、田んぼの中にある石碑が建てられた古墳を紹介します。
向井古墳詳細
| 古墳名 | 向井古墳 |
| 別名 | 無し |
| 住所 | 兵庫県丹波篠山市向井 |
| 墳形 | 円墳 |
| 直径 | 10m×15m |
| 高さ | 3m |
| 築造時期 | 不明 |
| 被葬者 | 不明 |
| 埋葬施設 | 不明 |
| 石室規模 | 不明 |
| 出土物 | 不明 |
| 指定文化財 | なし |
| 参考資料 | 丹波篠山市の文化財一覧 |
