はい、今回は奈良県広陵町にある「文代山古墳(ぶんじろやまこふん)」を紹介します。古墳の石材は平らなものが多いため、別の用途に転用されるケースはよくみかけます。
この文代山古墳から出土したとされる石棺も、かつて池の吐水口にかかる橋に転用されていました。石棺が橋に転用された古墳があると聞いたからには見に行かずにはいられません。そんな訳で石棺と古墳を確かめるべく、奈良県広陵町に行って来ました。
文代山古墳とは
文代山古墳のある、奈良県広陵町に来ています。ずっと古墳名を「ぶんだいやま」だと思っていましたが「ぶんじろやま」と読むとのこと。
文代山古墳は、大和三大古墳の一つ馬見古墳群の「中央群」に所属。中央郡の古墳の多くは「馬見丘陵公園」内に存在し、いくつかは整備されて上ることができます。しかし文代山古墳は、なぜか公園に含まれておらず、ほとんど放置された野良古墳と化しています。
そんな訳で、今回は家族で馬見丘陵公園へ行ったついでに文代山古墳へ寄ることに。文代山古墳の近くには、ちょうど公園の出入口があるので訪問しやすい古墳といえます。さり気なく、家族を古墳方面の道に誘導しつつ、文代山古墳への接近を図ります。

文代山古墳に付近まできたところで「先にまわっといて!」と言い残し、古墳にダッシュ。呆れて先を進む家族。文代山古墳へは簡単にいけますが、周囲は田んぼに囲まれているのと、私有地の可能性もあるので遠くから見つめることに。古墳といわれるとそう見えなくもありませんが、知らなければただの茂みにしか見えないでしょう。

文代山古墳は5世紀後半に築造された古墳ですが、この時代の馬見古墳群の中央群において方墳はあまり存在しません。そのため文代山古墳は、周辺の古墳と一線を画した独立墳と考えられています。
古墳名の由来は、地元で「文代山」と呼ばれていたことが理由のようです。地元では昔から古墳との認識はあったそうですが、1998年の発掘調査により、周濠を持つ大規模な方墳であることが判明。
周濠の高さにはバラつきがあり、各辺ごとにかなりの高低差があるとのこと。丘陵地のやや斜面に築造されたため、高さを均一にするのが負担だったのかも知れません。周濠の発掘調査から、円筒埴輪、蓋形埴輪の他、蓋形や鳥形の木製立が出土。また、発掘調査により墳丘には葺石が敷かれていたことが分かっています。
埋葬施設は不明ですが、文代山古墳から出土したと伝わる石棺の底石が、西に1kmほどの場所にある「牧野史跡公園」に保存されています。本来は組み合わせ式の長持形石棺の底石ですが、広陵町寺戸の下池吐水口の橋に利用されていました。昭和35年の下池堤改修工事の際に水路の横に放置されていたため、現在地に移設されています。

石棺に用いられている石材は、兵庫県産の竜田石を使用しているともいわれています。長持形石棺は「王者の石棺」とも呼ばれており、身分の高い人物に使用されています。また遠く兵庫県産の石材を運ばせていることからも、文代山古墳の被葬者は、かなりの有力者の墓だったのかもしれません。

文代山古墳の規模は、南北44m、東西40.5mで、発掘調査によると、南側に幅24m、長さ5mの造出しの存在が確認されています。この造出しからは円筒埴輪の他、猪形、甲形埴輪が見つかっており、この造出しが祭祀の場であった可能性もあります。

広陵町文化財保存センター展示
そんな訳で文代山古墳の周りをグルグル回ってみましたが、古墳自体は茂みしかありません。あまりゆっくりと茂みを見つめていたら、本当に家族が遠くまで行ってしまったので、見捨てられないようにダッシュで追いかけました。
まとめ

今回は、奈良県広陵町にある「文代山古墳」を紹介しました。古墳自体は茂みしか見えませんが、文代山古墳の石棺と思われる底石が見れるのは古墳好きの人には、興味深い古墳なのではないでしょうか。
そんな訳で、文代山古墳の紹介はこの辺で。次回はまた別の、石棺の石材が池の橋に使われていた古墳を紹介します。
文代山古墳詳細
| 古墳名 | 文代山古墳 |
| 別名 | 寺戸古墳 |
| 住所 | 奈良県北葛城郡広陵町寺戸 |
| 墳形 | 方墳 |
| 全長 | 南北44m、東西40.5m |
| 高さ | 不明 |
| 築造時期 | 5世紀後半 |
| 被葬者 | 不明 |
| 埋葬施設 | 不明 |
| 指定文化財 | なし |
| 出土物 | |
| 参考資料 | ・案内板 ・馬見古墳群の基礎資料 ・大和の古墳を歩く |
案内板
伝 文代山古墳石棺
この石棺は、文代山古墳出土と伝えられ、広陵町大字寺戸の下池吐水口の橋に利用されていたものです。昭和35年の下池堤改修工事の際に水路の横に放置されていたものをここに移転し設置しました。文代山古墳(5世紀後半)は下池の東南約100mに位置する方墳で寺戸方形墳とも称されています。墳丘は一辺約48mで、周濠、外堤があり馬見古墳群中でも大型古墳として希少価値の高い古墳です。この石は、長持形石棺と呼ばれその底石にあたります。
広陵町教育委員会
