はい、今回は兵庫県芦屋市にある「旭塚古墳(あさひづかこふん)」を紹介します。旭塚古墳は、兵庫県最大規模の横穴式石室を持つ古墳として知られています。開発により現在は公園内に保存されていますが、埋め戻されているため完全に地面にしか見えません。
兵庫県最大規模の古墳が埋め戻されて、地面にしか見えないと聞いたからには、見に行かずにはいられません。そんな訳で、どれぐらい地面なのかを確かめるべく、兵庫県芦屋市に行ってきました。
旭塚古墳とは
芦屋市から西宮市北部にかけては、古墳時代後期に多数の古墳が築造されています。現在は開発により多くが失われ、旭塚古墳は現存する数少ない古墳の一つ。
旭塚古墳の周辺には、100基ほどの古墳が築造され、「城山・三条古墳群」と呼ばれています。しかし開発などにより大半が失われ、その中で気軽に見に行くことができるのは、旭塚古墳のみ。
もともと旭塚古墳は、旭化成の社宅の中に保存されていました。当時は石室が露出状態で、その姿を見ることができたようです。2007年頃に社宅が売却され、敷地は宅地開発されることに。しかし旭化成側の好意により、公園内に保存されることになりました。

ということで、今回は阪急芦屋川駅から歩いて旭塚古墳へ向かいます。芦屋市の山手ということで、歩いていると大豪邸ばかり。

住宅地のほぼ一番高いところまで行くと「会下山遺跡(えげのやまいせき)」という看板が目に入りました。会下山遺跡は、会下山中腹に作られた弥生時代の高地性集落跡。発掘調査により、弥生時代中頃から後半までの約300年間営まれていたと考えられています。会下山遺跡は、古墳時代には消滅していたようですが、古くから多くの人々がこの地で生活していたようです。

会下山遺跡へ行くには時間がかかりそうなため、行くのはあきらめて旭塚古墳へ向かいます。しばらく歩くと少し広い道が現れ、旭塚古墳が保存されている山芦屋遺跡緑地が見えてきました。

パッと見、柵と地面しか見あたらない感じですのでもう少し近くで見てみると…

どうみても地面ですね
現在石室は埋没保存されており、全く見ることが出来ません。墳丘を再現していれば古墳らしくなりそうですが、石室が埋まるギリギリに埋めており、地面にしか見えません。
旭塚古墳は、7世紀中頃に築造されたと考えられています。コーナー付近で見つかった貼石の状態から、多角形墳とのこと。ただ墳丘の裾の検出が難しかったのか、六角なのか八角なのかは分かっていません。
墳丘の表面には、地元六甲山で算出した花崗岩などを用いた貼石が表面に施されていました。墳丘規模は東西16m以上、南北17m以上と推測されています。しかし、封土が失われているため、正確な規模は判明していません。
多角形墳は、終末期に皇族やそれに匹敵する有力者に用いられてきました。天武・持統天皇陵や斉明天皇の真陵とされる牽牛子塚古墳には、八角墳が採用されています。

埋葬施設は、両袖式の横穴式石室。全長は約10mあり、兵庫県下では最大級とのこと。石材は主に黒雲母花崗岩の巨石を用いてますが、天井石すべてと奥壁上段、側壁の一部が消失。現在は埋められて見ることはできませんが、案内板に整備前の石室写真が載せられています。

被葬者については、巨大石室を有する多角形墳であることから、この一帯の有力者の中でも特に強い権力を有していたようです。旭塚古墳から南へ300mほどの場所に「芦屋廃寺」という寺が存在しました。現在は宅地となり石碑しかありませんが、7世紀末頃に建立されたと考えられています。

時期的に旭塚古墳の後に建立された寺院ということで、旭塚古墳を築いた有力者の一族が、祭祀の場を古墳から寺へ変えたのかもしれません。
という訳で、古墳の案内板を読み終えるとやることがなくなってしまいました。どの角度から見ても地面でしかなく、高級住宅地にある謎の地面を見つめているのも怪しさ満載なので、とりあえず帰ることにしました。
まとめ

今回は、兵庫県芦屋市にある「旭塚古墳」を紹介しました。兵庫県下最大級の石室を有する古墳ですが、見事なまでに地面しかありません。せめて盛り土をして古墳感を出して欲しいところです。とりあえず、地面をみるだけで興奮できるよう、古墳道に邁進していきたいと思います。
という訳で、旭塚古墳の紹介はこの辺で。次回はまた別の、県下最大級の石室という名の地面古墳を紹介します。
旭塚古墳詳細
古墳名 | 旭塚古墳 |
住所 | 兵庫県芦屋市山芦屋町23−14 |
墳形 | 多角形墳 |
全長 | 東西16m以上、南北17m以上 |
高さ | 不明 |
築造時期 | 7世紀中頃 |
被葬者 | 不明 |
埋葬施設 | 横穴式石室(両袖式) |
指定文化財 | なし |
出土物 | 須恵器:高坏、坏蓋・鉄鏃、台付長頸壺 |
参考資料 | ・案内板 ・旭塚古墳と城山古墳群 ・旭塚古墳現地説明会資料 |
案内板
飛鳥時代(7世紀中頃)に造られた古墳で、城山・三条古墳群に属しています。多角形墳で、横穴式石室は、兵庫県下でも屈指の巨石でつくられています。発掘調査後、横穴式石室は、ここ山芦屋遺跡緑地の地中に埋めて保存しています。
全長9.87m 残存高2.1m 玄室長4.1m
玄室幅2.1m 羨道長5.7m 羨道幅1.6m