はい、今回は大阪府東大阪市にある「豊浦谷1号墳(とようらだにいちごうふん)」を紹介します。世にある石室の大半は空っぽですが、中に何かあるとすれば石棺しかありません。
しかしこの豊浦谷1号墳は、猫小屋らしきものが設置されるという、レア度が高い古墳です。そんな訳で今回は、石室に猫小屋が置かれたという「豊浦谷1号墳」を紹介します。
豊浦谷1号墳とは
豊浦谷1号墳のある、大阪府東大阪市に来ています。東大阪市は、主に生駒山地の中腹に多くの古墳が築かれています。特に「山畑古墳群」は、かつて100基以上もの古墳が存在した群集墳として有名。山畑古墳群の北側にも、出雲井古墳群、みかん山古墳郡などの小規模な古墳郡がいくつか存在し、豊浦谷1号墳は、同じく山畑古墳群の北側にある「豊浦谷古墳群」に属しています。
そんな訳で、山畑古墳群の北側に位置する古墳群を巡りながら、豊浦谷1号墳へ。豊浦谷1号墳は、枚岡神社から徒歩15分ほどの場所に存在します。枚岡神社は、中世に「河内国の一宮」とされた由緒ある神社。社伝によると、神武天皇による東征の際、天児屋根命・比売御神の2柱を祀ったことが由来とのこと。

枚岡神社は山頂近くの神津嶽にありましたが、650年に平岡連により現地へ移されたと伝えられています。祭神である天児屋根命は中臣氏の祖神であり、平岡連は中臣氏から枝分かれした一族と考えられています。おそらくこの枚岡神社一帯は、中臣氏の勢力圏だったのでしょう。
枚岡神社から生駒山地沿いを北に15分ほど歩くと、暗峠(くらがりとうげ)を越える暗越奈良街道が通ります。大阪と奈良を結ぶ古い街道で、狭く急峻な坂道として知られています。

この街道沿いに4基の古墳から構成された「豊浦谷古墳群」が存在。ちなみに2、3号墳は、このハイキングコース沿いの擁壁の上に築造されています。天気が良くハイキング客が多い中、オッサンが擁壁をよじ登っていたら怪しさ抜群なので、行くのは断念。

豊浦谷古墳群のすぐ西側にも13基から構成される「みかん山古墳群」が存在します。この一帯は、首長クラスではないものの、地元の有力者の墓域だったのかもしません。

暗峠とハイキングコースが交わる場所を少し上ると右側に広場があり、その東側斜面に豊浦谷1号墳が存在します。すでに石室の大半は破壊されており、周辺にいくつもの石材が散乱していました。

豊浦谷1号墳は、発掘調査が行われていないため、築造時期や墳形については分かっていません。埋葬施設は南西に開口した横穴式石室。広場が造成された際に石室が大きく破壊されたため、玄室の一部が残るのみ。その為、袖式については分かっていません。小型の横穴式石室であることから、古墳時代後期に築造された円墳ではないかと思われます。辺りを見渡してみると、広場の隅にも横穴式石室の石材らしきものが転がっていました。

石室はそこそこ巨石が用いられていますが、入口は崩れてかなり狭くなっています。

何やら石室内に箱らしきものが入っているので、よく見てみると…

何かが飼われている!!
サイズ的には、小型動物用でしょうか。雰囲気的に猫っぽいのですが、もしかしたら犬なのかもしれません。現役の小屋なのかもう使われていないのかは不明ですが、そこそこ汚れた感じ。石室内を見たかったのですが、触るのをためらうレベルの汚れ方だったので見ることは断念。石室内で動物が飼われている古墳なんて、他に無いのではないでしょうか。これは被葬者もビックリ。

そんな訳で、斜面にへばりついて謎の石材の前をウロウロしているのも怪しい上、石室の主が帰って来るかもしれないので、とりあえず帰ることにしました。
まとめ

今回は、大阪府東大阪市にある「豊浦谷1号墳」を紹介しました。石室を覗いてみたら、猫小屋らしきものが置かれているという、なかなか興味深い古墳でした。古墳に興味がある人以外はあまり来ない場所なので、コッソリ猫を飼うには絶好の場所だったのかもしれません。ただ、教育委員会に怒られそうな気はしますが。
そんな訳で、豊浦谷1号墳の紹介はこの辺で。次回はまた別の、猫小屋が設置された古墳を紹介します。
豊浦谷1号墳詳細
| 古墳名 | 豊浦谷1号墳 |
| 別名 | なし |
| 住所 | 大阪府東大阪市東豊浦町9 |
| 墳形 | 不明 |
| 直径 | 不明 |
| 高さ | 不明 |
| 築造時期 | 不明 |
| 被葬者 | 不明 |
| 埋葬施設 | 横穴式石室 |
| 石室全長 | 不明 |
| 指定文化財 | なし |
| 出土物 | 不明 |
| 参考資料 | 東大阪市の古墳 |
