はい、今回は奈良県葛城市にある「塚穴古墳(つかあなこふん)」を紹介します。塚穴古墳は、奈良県遺跡地図とGoogleマップを照らし合わせている際にみつけた古墳で、調べてみると現存してそうな古墳だったため行ってみることに。
ただこの古墳は、何の特徴もない上に情報も全くありません。何を書いたらいいのかサッパリ分かりませんが、とりあえず行ってみたので塚穴古墳を紹介します。
塚穴古墳とは
葛城市は、奈良県でも多くの古墳が存在するエリアとして知られています。葛城市は天皇家の外戚として強大な権力を有した「葛城氏」の本拠地であり、葛城市内最大の屋敷山古墳は、葛城氏の有力者の墓と考えられています。

雄略天皇の時代に葛城氏は没落しますが、その後も葛城一帯には多くの古墳が築造され、飯豊青皇女の墓とされれ北花内大塚古墳や、大津皇子の真陵と考えられる鳥谷口古墳など、高貴な人物の墓が築かれています。塚穴古墳の周辺にも首子古墳群と呼ばれる小さな古墳群も存在しており、この一帯には小規模な古墳がいくつか存在したようです。

そんな訳で、塚穴古墳のある葛城市にやってきました。塚穴古墳から徒歩2分ほどの場所に、お気に入りの焼肉店があり、今回はランチのついでに塚穴古墳へ寄ることに。ちなみにこの焼肉屋さんは「精肉屋の倅がただただ旨い肉を出す店 」というクセが強めの名前ですが、精肉店の焼肉屋ということで、リーズナブルに美味しい焼肉が食べられます。

食後、家族に「ちょっと古墳を見てくる」と告げて、ダッシュで塚穴古墳へ向かいます。突然告げられる家族ですが、慣れたもので呆れた視線を向けるだけでした。塚穴古墳へ向かう途中、田んぼに真っ赤な鉄骨が垂直にブッ刺さっている場所を発見。これは何かを呼び出す儀式なんでしょうか。気になって仕方ありません。

そんな謎の鉄骨を後に細い農道を歩いた先に、ヒッソリと存在する塚穴古墳を発見。

見事なほど、ただの盛り土でした
野良古墳あるあるですが、案内板もなく古墳といわれなければ誰も気がつかないでしょう。巨大な木が1本生えているおかげで、ギリギリ墳丘が流出せずに保たれているようです。奈良県遺跡地図webにおける塚穴古墳の情報には、「円墳」「径15m」「横穴墓」としか記載がありません。築造時期、埋葬施設、遺物などの情報は全く不明。

さらに奈良県遺跡地図webをみると、塚穴古墳の東側にさらに2基の古墳が記載されていました。しかし現在その場所は畑になっており、消滅しているようです。接近して3基並んでいたようなので、規模としては小型の古墳だったと思われます。
墳丘上部はかなり削平されて、平坦になっています。もしかすると埋葬施設はすでに失われているのかもしれません。ちなみに名前に「塚穴」とあることから、石室が見えるのかと思いきや、それらしきものは全く存在せず。かつて穴が開いていたなら、横穴式石室を持つ古墳だったのかもしれません。ただ現在は穴も無いので、名前をつけるなら「塚古墳」に改めるべきではないでしょうか。

とりあえず墳丘の上をチラチラと見て回りましたが、特に古墳の特徴らしき遺物は確認できず。

そんな訳で、穴の無い謎の塚の周りをグルグル激写しているのも怪しい上に、待たせている家族の我慢も限界が近そうなので、帰ることにしました。
まとめ

今回は、奈良県葛城市にある「塚穴古墳」を紹介しました。塚はありましたが穴が無いという、名前と実態が一致しない古墳です。葛城市は古墳の数がかなり多いため、こちらの古墳が調査されることは無いと思いますが、いつか調査された時には穴が見つかることを祈るばかりです。
そんな訳で、塚穴古墳の紹介はこの辺で。次回はまた別の、塚穴古墳という名前なのに穴の無い古墳を紹介します。
塚穴古墳詳細
| 古墳名 | 塚穴古墳 |
| 住所 | 奈良県葛城市染野222−2 |
| 墳形 | 円墳 |
| 全長 | 約15m |
| 高さ | 不明 |
| 築造時期 | 不明 |
| 被葬者 | 不明 |
| 埋葬施設 | 不明 |
| 指定文化財 | なし |
| 出土物 | 不明 |
| 参考資料 | 奈良県遺跡地図web |
