はい、今回は奈良県宇陀市にある「西峠古墳(にしとうげこふん)」を紹介します。西峠古墳は「磚積石室(せんづみせきしつ)」を持つ珍しい古墳として知られています。
西峠古墳は、開発により消失する恐れがありましたが、貴重な石室ということで現在は公園内に移設保存されています。そんな公園に移設保存された珍しい石室と聞いたからには、見に行かずにはいられません。という訳で、奈良県宇陀市にある「西峠古墳」へ行ってきました。
西峠古墳とは
今回は、家族が榛原駅近くの美味しいケーキ屋さんに行きたいということで奈良県宇陀市に来ています。西峠古墳は、ケーキ屋さんから車で5分ほどの場所にあるという好立地で、はいラッキー。もちろん私にラッキーですが、家族にとっては地獄でしかありません。
無事ケーキを買うこともできたので、西峠古墳に向かいます。家族からはブーイングの嵐でしたが、古墳に横付けしてすぐに帰ってくるとなだめ、なんとか行くことに。そんな訳で、西峠古墳が移設保存されている「榛原いのたに公園」へやって来ました。
榛原いのたに公園は、新興住宅地に作られたよくある公園ですが、ただ一つ異なるのが、横穴式石室が存在すること。
大きな公園にヒッソリと保存されている古墳はよくありますが、ありふれた小さな公園にドーンと横穴式石室が横たわっているのは珍しいかもしれません。
元々、西峠古墳は少し離れた「井之谷遺跡」に存在していました。井之谷遺跡一帯は古くから交通の要衝だったようで、縄文時代~中世の遺物が見つかっています。
この遺跡からは、2基の古墳が出土していますが、開発のため現地では保存できず、1基が現在地に移設保存されています。
西峠古墳は、7世紀頃に築造された一辺8m、高さ1.5mの方墳。いわゆる終末期古墳と呼ばれるもので、古墳時代の終わりに築造されたもの。
埋葬施設は、全長約4m、幅約1m、高さ約1mの小型の横穴式石室を有しています。この横穴式石室は、煉瓦状に加工した地元榛原石を組み合わせた「磚積石室(せんづみせきしつ)」という特徴を持ちます。
磚積石室という特殊な構造は、桜井市から榛原町を中心とする地域に築造されています。横穴式石室は自然石を積み上げたものが大半で、このような古墳は多くありません。
石室の入り口には「外護列石」と呼ばれる列状に並べられた石が存在します。外護列石は古墳時代後期の古墳に見られるもので、墳丘の封土を保つための基礎的な役割とも、魔除け的な役割ともいわれています。
被葬者は不明ですが、7世紀に入ると古墳はあまり築造されなくなっていることから、地元でもかなりの有力者の墓と思われます。移設保存ということですが、この石積みを同じように復元するのはどのように行ったのでしょうか…発掘時と同じように積み直すとすれば、気の遠くなる作業です。
という訳で、誰もいない公園で心置きなく古墳を激写していたのですが、それを見ていた娘が「公園で大人が一人で謎の石室を撮っている姿は、かなり怪しかったで」という温かい言葉を頂きました。もうダメかもしれません。
まとめ
今回は奈良県宇陀市にある「西峠古墳」を紹介しました。煉瓦状の石を積み上げたという珍しい「磚積石室」を持つということで中々見応えがありました。
宇陀市には磚積石室が他にもいくつかあるのですが、山の中にあるため気軽に見に行くことができません。そういう点で、気軽に磚積石室を見られる西峠古墳は貴重な古墳なのではないでしょうか。ただ、オッサンが一人で石室を激写していると不審がられるので気をつけて下さい。
そんな訳で西峠古墳の紹介はこの辺で。次回はまた別の、公園に移設された磚積石室を持つ古墳を紹介します。
西峠古墳詳細
古墳名 | 西峠古墳 |
住所 | 奈良県宇陀市榛原榛見が丘2丁目 |
墳形 | 方墳 |
一辺 | 8m |
高さ | 1.5m |
築造時期 | 7世紀中頃 |
被葬者 | 不明 |
埋葬施設 | 横穴式石室 |
出土物 | 鉄滓、須恵器、土師器 |
参考資料 | 案内板 |
案内板
大和都市計画事業 榛原井之谷特定土地区画整理事業に伴い、この事業地内にある井之谷遺跡群の発掘調査を1995年から1997年にかけて行いまいした。2箇所の尾根からは2基の古墳(6世紀〜7世紀)、36基以上の中世墓(13世紀〜16世紀)などが見つかっています。また、縄文時代〜弥生時代の石器、縄文時代〜中世までの各時代の土器なども出土しています。周辺にも縄文時代〜中世の遺跡が数多くあり、古くからこの地域が人々の生活の舞台であったことがわかりました。
井之谷遺跡群の西端にある西峠古墳は、一辺8m、高さ1.5mの方墳で、周りには溝(周溝)をめぐらせていました。埋葬施設は、流紋岩質凝結凝灰岩(通称 榛原石)を煉瓦のように割って積み上げた横穴式石室(磚積石室)で、桜井市から榛原町を中心とする限られた地域に造られた特殊な石室です。過去の盗掘によって石室の多くが破壊されましたが、奥壁付近は良好な状態で残されていました。石室の規模は、全長4.33m〜4.39m、玄室長2.03〜2.09m、玄室幅1.0m〜1.05m、玄室高1.0m、羨道長2.3m、羨道幅0.83〜0.87mで、入口には短い石列(外護列石)がありました。石室内からは、中世の土器、鉄滓、周溝内からは、須恵器、土師器などの土器類が出土しています。飛鳥時代(7世紀中葉)の役人のお墓と推定されています。
西峠古墳は現状保存が困難なため、横穴式石室を解体し、ここに移築復元しています。
榛原井之谷特定土地区画整理組合
榛原町教育委員会