はい、今回は奈良県生駒市にある「竹林寺古墳(ちくりんじこふん)」を紹介します。生駒市には、奈良県内でも珍しく、古墳がほとんど確認されていません。この竹林寺古墳は、生駒市において現存する数少ない古墳として知られています。
そんな市内にある数少ない古墳があると聞いたからには、見に行かずにはいられません。ということで、奈良県生駒市にある「竹林寺古墳」へ行ってきました。
竹林寺古墳とは
生駒市は大阪へ鉄道や高速道路が整備され、ベッドタウンとして発展しています。
そんな生駒市ですが、古墳がほとんどありません。奈良県遺跡地図でも、消滅した古墳も含めて数基しか確認できませんでした。
なかなか竹林寺古墳だけに生駒市へ行きづらかったのですが、お隣の平群町の西宮古墳へ行く機会があったので、そのついでに寄ることに。

竹林寺古墳はその名の通り、竹林寺というお寺の境内に保存されています。生駒山から東に伸びる丘陵上にあり、お寺までの道は少し狭く、対向車が来るとすれ違うこともできません。

また竹林寺には駐車場もあるのですが、間口が狭い上に急坂で、駐車場へ車を入れるだけでも一苦労でした。竹林寺は、行基ゆかりのお寺として知られています。行基が建てた四十九院の一つ「生馬仙房」と考えられていますが、詳細は分かっていません。

行基といえば、東大寺の大仏建立を支えたことで有名ですが、各地で橋や池を作るなど、民衆のために社会インフラを整えた人物です。

竹林寺の境内には、行基の墓が存在します。行基は遺命により、生駒山の東陵で火葬され、この地に埋葬されました。この墓からは、舎利瓶と銅製墓誌片が出土しています。

行基が「最期の地」として選んだこの場所。実はこの場所には、彼よりおよそ400年も前に、この地を墓所と定めた人物が葬られています。それが、竹林寺古墳の被葬者です。
竹林寺古墳は、4世紀末頃に築造された、現存全長約45mの前方後円墳。現在は前方部が一部削平されていますが、本来は、60m近い規模を有していたと考えられています。

かつては墳丘に葺石がしかれ、円筒、家形、衣蓋形埴輪が並べられていたこととのこと。
埋葬施設は、床上に舟形粘土床を設け、その上を礫(小石)、板石などで覆う特殊な構造を持ちます。少しイメージしづらい構造ですが、竪穴式石室と粘土槨を合体させたようなものなのかもしれません。また鉄釘が見つかっていることから、木棺が収められていた可能性も考えられます。
その他の遺物として、内行花文鏡・石釧・刀剣身鉄などが見つかっています。出土した内行花文鏡には、「長宜子孫」の銘が確認されており、これは「子孫が長く繁栄しますように」といった意味をもつ銘文とされています。
この竹林寺古墳は、河内国から大和国へ通じる「暗越奈良街道」の出口近くに築かれています。この時代の古墳は、権威を示すために、街道沿いの目立つ場所に築かれるケースがあります。暗越奈良街道は奈良時代に整備された街道ですが、古墳時代にも未整備ながら、人の往来があったのかもしれません。

被葬者については分かっていませんが、河内国と大和国の交通や竜田川(生駒川)の水運に関わっていた地元有力者の墓なのかもしれません。また、前方後円墳である点から、ヤマト王権との関係も想定されます。
ただ不思議なことに、竹林寺古墳の築造以降、周辺に古墳がほとんど築かれなくなります。竹林寺古墳の築造後あたりから、生駒市の南の平群町一帯を本拠とした平群氏が力を持ち始めていました。
もしかすると、もともとこの地を拠点としていた勢力は、平群氏の台頭によって相対的に影響力を失っていった可能性も考えられます。
そんなわけで、竹林寺古墳は墳丘に登ることができるので行ってみることに。小さな小道が作られているのでズンズンと登っていきます。

墳頂近くにいくと小さな石で石垣が作られるという魔改造が施されていました。

こちらが後円部の墳頂となりますが、一番高いところは思いっきり茂っていました。あの茂みの下あたりに珍しい埋葬施設があるようですが、見た感じは「茂みですね」という感想しかありません。

こちらが前方部ですが、先端部分が削平されているらしく、あまり広さは感じられません。

ちなみに後円部南裾より2mほど南の位置に、6m角の高さ0.3mほどの高まりがあり、陪塚ではないかとの説があります。ただ全力で茂みの中なのでよく分かりませんでした。

山の中で色々と茂っているため前方後円墳という感じは全くしませんでしたが、茂みは十分堪能することができました。境内とはいえ、誰もおらず茂みの中で一人でいると、とんでもなく寂しくなってきたので、とりあえず帰ることにしました。
まとめ

今回は、奈良県生駒市にある「竹林寺古墳」を紹介しました。生駒市で現存する数少ない古墳のひとつですが、もれなく謎の茂みを堪能することができました。ただすぐ近くに行基の墓や竹林寺を再興した忍性の墓もあり、古墳だけでなく見どころが多い史跡ではないでしょうか。
というわけで、竹林寺古墳の紹介はこの辺で。次回はまた別の、市内で現存する数少ない古墳を紹介します。
竹林寺古墳詳細
| 古墳名 | 竹林寺古墳 |
| 別名 | 無し |
| 住所 | 奈良県生駒市有里町 |
| 墳形 | 前方後円墳 |
| 規模 | 45m |
| 高さ | 8m |
| 築造時期 | 4世紀末 |
| 被葬者 | 不明 |
| 埋葬施設 | 竪穴式石室 |
| 石室全長 | 不明 |
| 指定文化財 | 無し |
| 出土物 | 埴輪片(円筒・家形・蓋形)、内行花文鏡・石釧・鉄刀片、鉄剣片 |
| 参考資料 | ・案内板 ・竹林寺の歴史 ・生駒市遺跡分布調査概報 |
案内板
竹林寺古墳(Chikurinji Tumulus)
前方後円墳。全長約45m(当初推定約60m)、高さ8m。後円部分のみが残る。古墳時代前期。 主体部は床上に舟形粘土床を設け、その上を礫、板石などで覆っている。「長宜子孫」銘の内行花文鏡、刀剣片、埴輪片などが出土している。
